【白血病で入院】ママは悲劇のヒロインじゃない
前回までのお話↓
地元の総合病院で告知を受けたのが2017年4月18日。
自宅に戻った子ども達への告知も終え、いよいよ翌日は白血病で入院です。
白血病は、判明したら即刻緊急入院になることが多い。
実際、私の弟も夜間救急にかかり、翌日には抗がん剤治療がスタートするという、怒涛の緊急入院でした。
それほど、命の危険が迫っている、ただちに治療を始める必要がある恐ろしい病気です。
…のはずが。
大学病院への訪問は翌日でいいと言われ、拍子抜けではあったのですが…
さらに驚く事になろうとは(^_^;)
自宅近くの公園にて。こんな可愛い後姿がもう見られないなんて…
子どもと過ごす最後の夜
前日は、
「こんなにも絶望しながら行う荷造りがあったなんて…」と泣きながら入院準備をし。旅行や出産での入院準備は、ただただ楽しいですからね。
そして子ども達3人とギュウギュウになってお風呂に入り。思春期の入り口だった長男も、恥ずかしそうにしながら一緒に入ってくれました。まだまだお子ちゃまな体型でしたが
初めて入る4人風呂に、2歳の次女は大喜びでしたが…私と長男長女は当然泣けてきましたよね(;_;)
そして夜は、4人で一緒のベッドで眠りました。夫は別室。笑
泣きながら、こっそり撮った写真。
私は眠れるわけが無く、三人の可愛い寝顔を眺め、愛おしい寝息を一晩中聞いていました。
この幸せな時間はこれで最後になるのかもしれない…。
ついにやってきた、運命の朝
平日でしたが、小学生の二人は学校を休みました。ギリギリまで、ママと一緒にいたいからと。
いよいよ家を出る時間になり。玄関を出た時、思わずこぼれる涙。
絶対に、またこの玄関のドアを開けるんだ。
もう一度この家に戻ってくるんだ。
そう胸に刻み、大好きな我が家を後にしました。
大学病院へ到着!まさかの展開に
以前の記事にも少し書きましたが、
弟は入院していた総合病院の都合で、一週間ほどこの大学病院に救急車で移送され、治療を受けていました。
結局、「もとの病院に戻りたい」という彼の希望によりおさらばしたのですが、大学病院にいる少しの間、何度かお見舞いで足を運んだ場所でもあります。
まさかそこに、自分が入院する事になるなんて…夢にも思わなかった。
大学病院に着くと、義両親、実母、長兄、次兄が待っていました。
総勢10人の大所帯(^_^;)
何も知らない平和な2歳次女、皆に会えてロビーではしゃぐ。
皆心配して駆けつけてくれたわけですが、すごい人数ですよね。待合のロビーでちょっと肩身が狭かったことを覚えています。笑
受付で手続きをしていた主人が戻ってくると、驚愕の事実を口にしました。
夫「入院は21日だって。今日は入院の予約だけで、先生の診察も無しだって…」
……
ええええ(;°;ω;°;)!?
全員びっくりおったまげーですよ。予想だにしなかった展開。
え、え、え、どゆこと?
緊急入院するのが普通じゃないの?ていうか治療始めなくて大丈夫なの?
先生にも会えないってそんな事ある?大した事ないってこと?
そもそも白血病だなんて、やっぱり間違いだったんじゃないの?
ていうか、張り切って10人で押しかけたのに?会社や小学校休んでまで来たのに?
白血病を熟知した患者家族ですから、まさかの展開に軽くパニックです。笑
そこで長兄からこんな提案が。
「いくらなんでも先生から説明もなしにこのまま帰るのは納得がいかないし、少しでもお話をいただけないか頼んでみよう」
長兄も次兄も車で2時間かけて駆けつけてくれたのですから当然ですよね。妹の一大事だし。
受付から血液内科にその要望を伝えてもらうと、
「外来患者さんの診察が終わってからでよろしければ時間を作ります」との返答。ええ~!!まじか…(*_*;
9時に病院に入って、面談にこぎつけたのは15時過ぎでしたよ…
時間つぶすのしんどかったわ…先生…
やっとこさ医師との面談
これから白血病で入院する患者と医師の初めての面談って、それなりに広い面談室とかでやるのかな、なんて想像していたんですがね。
なんと外来診察室でした(^_^;)
まじでとってつけた感。
今でこそ通い慣れた外来診察室。そりゃあもう、狭いのなんの。医師と患者ひとりでちょうどいい空間。
そこに10人で入室したもんですから、医師も看護師もドン引き(おそらく)ですよ。まさにすし詰め状態、もしくは満員電車。笑
なんだかその状況が可笑しくて、コントみたいで。やっぱり私、白血病なんて間違いなんじゃないの?なんて淡い期待をしていたわけですが…
医師からの話はこんな感じでした。
紹介を受けた病院からの申し送りは拝見しました。
弟さんやドナーの件、本当に大変でしたね。
血液データを拝見する限り、急性リンパ性白血病で間違いないかと思われますが、リンパ性でもさらに種類が分かれますし、それにより治療が変わってきます。
入院日については、ベッドの調整の関係で明後日になってしまいますが、これからの治療に支障はほぼないだろうと考えています。
詳しい治療方針は、入院した後に検査をしてからじっくりお話させてもらおうと思っていましたが…
皆さんご心配でしょうし、せっかくこうして時間を作っていただいたので、よろしければ検査されていかれますか?
今日検査していかれれば、明後日までに大まかな結果はお話できると思いますし。
ああ…やっぱり私白血病だったのね…
でも、後に最初の主治医となるK先生の余裕のある表情と物静かで落ち着いた態度に、ものすごく安心感を感じました。
弟の病院では味わう事のなかった安心感。この病院にしてやっぱり正解だったかも。
なんて少しだけホッとする事もつかの間。えっ、先生今なんて言った?
私「検査って…もしかしてマルクですか…(;°;ω;°;)?」
▼マルク…骨髄検査のこと
K先生「そうです、さすがよくご存知ですね!今の時間なら私が処置できますよ。どうします?入院してからでもいいですけど」
あわわわ(;°;ω;°;)
なんか展開についていけない。入院する覚悟で来たくせに、まさか今日マルクをやるなんて。
というか、マルクの存在をすっかり忘れていた。そうだよ、白血病になったら切っても切れない検査、それがマルク!!
これから何度もやらなきゃいけない検査を数日延ばしたって仕方ない。
腹を括って検査を受けたタヌ子でした…
想像以上!!骨髄穿刺(マルク)
弟にその痛みは聞いておりました…
なんとも表現できない痛み。
言うなれば、
腰の骨から魂を抜かれるような、気持ちの悪い痛みだと。
「でも慣れれば意外と平気だよ☆」
なんて言ってた弟の笑顔を思い出し。
君が何度も経験した痛み、ねえちゃんも耐えてみせる!がんばるよ!!
…
…
ヒイイイイイィィィ(;°;ω;°;)!!!!
※今でこそ大分慣れましたが、初めてのマルクはそれはもう痛かったです。弟の表現、めっちゃ正しい。魂抜かれました…
なぜか家に帰される魂を抜かれた白血病のおばさん
「それでは明後日、お待ちしておりますね(^o^)」とK先生。
めっちゃフツー。フツーすぎるよ先生。
「先生!私はあと何年生きられるんですか!?」なんてドラマのような場面を想像していた自分が恥ずかしい。
■家に帰れる嬉しさ
■告知を受けた病院とは明らかに違う余裕な態度の医師に拍子抜け
■味わった事のないマルクの痛みと恐怖
なんかもう、わけわからん(^_^;)
駆けつけた兄達ですか?
ええ、もちろん彼らも拍子抜けしてそのまま自宅に帰りましたよ(^_^;)
二日後の面談は来なくて大丈夫だからと伝えて。
子ども達はそりゃあもう大喜びです。ママがあと二日家にいられるんですから。
私は、自宅の玄関を出た時に胸に刻んだあの思いはなんだったんだろう…と。
悲劇のヒロイン気取りで我ながらアホだなぁ、とまたまた可笑しくなり。
怒涛の闘病一日目。私らしい、なんとも間抜けなスタートとなりました。笑
ついにやってきた、運命の朝(本番)
いとも簡単に我が家に帰ってこれた私。笑
それでも、入院が近づくにつれ
「これで最後かも」な感情が湧いて涙が出てくる困ったおばさん。
近所のスーパーにあるゲーセンの汽車ポッポに泣きそうになりながら乗るタヌ子↓
これに乗るのも今日が最後かも…ってね。
そしてようやく?本当に入院する日がやってきた。
この日も、学校を休んだ子ども達と一緒に。
病院へ着くと、義両親と実母も待っていました。度々悪いね…
入院手続きが済むと、いよいよ血液内科の病室を案内されます。ここが私の戦場か…
荷物を一旦置いて、別室に案内されました。治療方針についての面談のためです。
子どもが一緒のため、家族待合室(病棟への子どもの入室は禁止)で医師との面談になりました。
先日のK先生(主治医)と、S先生(副主治医)、Y看護師(私を担当する看護師)の三人です。
話によると、血液内科は医療チームが大きく二つに分かれており、二ヶ月で主治医と担当看護師は交代するらしい。(副主治医は何故かずっと変わらず)
主治医が二ヶ月で変わる…
早くも弟の病院とは大きく違う点。
続いてK先生は、一昨日のマルクの結果についてお話されました。
遺伝子に異常!?
しかもなんですかその長ったらしい病名は!!
副主治医が書いてくれた説明です↓
なんだか難しくてよく分からないけど、
急性リンパ性白血病では、4人に1人の確率でフィラデルフィア染色体に異常が見られるとのこと。
何番目かの染色体と何番目かの染色体がちぎれて入れ替わったとかなんとか…
詳しくはこちら↓
急性リンパ性白血病は小児に多い病気。成人は10万人に1人の確率なのに、さらにその中でも4人に1人のタイプに罹ってしまうなんて…
この運を宝くじに使いたかったー(ToT)!白血病患者あるある。
そして、一昔前まではこのタイプの白血病は予後が非常に悪く、移植しても助からない事が多かった病気ですと説明されました。
けれど、最近では分子標的薬による新しい治療法のおかげで、予後が改善されていると。
それでも、
5年生存率は5割程度、と上の資料に書かれています…
うう…聞きたくなかった現実…
一昔前はよっぽど予後が悪かったということか…恐ろしい…
主治医はこうも話してくれました。
一般的な白血病ですと、点滴での抗がん剤で寛解導入療法を行いますが、タヌ子さんの場合はスプリセルという分子標的薬(飲み薬)で寛解導入療法を行います。
点滴で抗がん剤を流す治療ですと、今日にでも腕に針を刺して準備をしなければいけませんが、
土日も挟みますし、スプリセルの服用はスタッフが多い来週月曜日からスタートしたいと思います。
なので、それまでは外泊という形をとってもらっても構いませんよ。
病院の決まりで、明日のどこかでバイタルチェックだけの為に病院に来てもらうようになりますが…
日曜日の夕方に病院に戻ってきてください(^ ^)
K先生!!
神(ToT)!!!
てなわけで、なんとまたまた家に帰れる事になったタヌ子でありました。
▼寛解導入療法、分子標的治療についてはこちら
またもや家に帰された白血病のおばさんが思ったこと
子ども達はまたまた大喜び。だんだん、ママの病気、大した事ないのかもって顔になってるし。それに関しては逆によかったけれども(^^)
病院の屋上にて。ママが家に帰れると聞いて途端に元気になる三人。
土曜日に授業参観があったので、思わず行っちゃいましたよ(^_^;)
貧血でフラフラでしたが、執念で最後まで参観しました。
担任の先生、そりゃあもう驚いてましたけどね。笑
告知を受けたのが2017年4月17日。
治療スタートが2017年4月24日。
(23日の夜に輸液の点滴だけ始まったけど)
私…急性の白血病だよね?急性だよね?と自問自答したことはいうまでもありません(^_^;)
まあ、こんなケースもあるよってことで…
最後に
発症の状況も人それぞれ。
病院の対応もまたそれぞれ。
弟の時は最初から最後まで緊迫した状況だったので、あまりにもユルユルな自分の展開に、逆に開き直る事ができたというか。
肝が座りました。
この微笑ましい光景をまた見る事ができるなら、
母ちゃんは絶対に生きて戻ってくるぞ!